2011/07/26

原発の海洋生態系への影響
~ニューヨーク環境保護庁の取水規制により、インディアンポイント原発の閉鎖可能性高まる

先日、ニューヨーク市内から80km圏内にあるインディアンポイント原発が、閉鎖に向かっていることをお伝えしました(ニューヨークから80km圏内の原発、廃止へ)。

その後日談になりますが、先週、ニューヨーク州環境保護庁が冷却水取水規制の技術指針を発表しました(NY State Department of Environmental Conservation)。
これにより、インディアンポイントの閉鎖可能性がさらに高まったことになります。

冷却水取水規制とは、海や川など公共水域から冷却水を大量に取水する原発などの産業施設に対し、水生生物保護を目的として設定された規制のことです。
今回発表されたニューヨーク州の指針は、水生生物への影響を90%以上削減するという厳しいものでした。

原発などの産業施設は、冷却用に大量の水を必要するため海や川沿いに建てられること多く、そこから水を引き、排水を流しています。
日本の原発もこれに該当します。
しかし、こうした施設は、取水・排水の際に周辺水域の生態系に大きな影響を及ぼします。
取水時には、稚魚や魚卵、プランクトンが取水口を通って発電システム内に吸い込まれ、大きな魚類は取水スクリーンに衝突するといった被害が起こります。
一方、放水時には、温められた冷却水が完全に冷えないまま海や川に放出されるため、周辺に棲息する水生生物の死滅、魚の回遊阻害、有害種の増加といった被害が起こります。


この問題は米国では1970年代から議論されており、米・環境省(EPA)が水質汚染防止法(クリーン・ウォーター・アクト)で冷却水取水システムに関する規制を設けています。
同法では、”冷却水取水システムは、立地、設計、構造、容量において環境への悪影響を最小限に抑えるべく「利用可能な最善の技術」を採用しなければならない”としています(EPA)。
同法の対象となる産業施設は、全米で約1,260(うち生産工場590、発電所670)にも上ります。
ただし、施設の用途や規模ごとの詳細規制に関しては未だ成立に至っていません。
当初は、新規施設向け(フェーズI、2001年)、大規模既存発電施設向け(フェーズII、2004年)、その他既存施設と新規内陸部ガス・石油抽出施設向け(フェーズIII、2006年)と段階的な施行を予定していましたが、既存施設向けのフェーズIIとフェーズIIIの一部で議論がまとまらず、未だ最終法案の公示期間中で、2012年7月に成立する予定になっています。

現在出されている既存施設向けの最終案は、以下の通りです。

1. 冷却水の25%以上、日に200万ガロン(757万リットル)以上を隣接する水域から取水する既存の産業施設は、施設稼動による魚死亡数の上限を設け、それに見合う技術を導入すること、あるいは、取水速度を毎秒0.5フィートに削減すること。

2. 日に12,500万ガロン(47,320万リットル)以上を取水する既存施設は、自治体の規則に従い承認を得、必要であれば水生生物への悪影響を削減すること。

3. 既存施設に発電容量を追加する場合は、冷却塔や湿式冷却などの循環冷却システムを導入すること。

この規制は、まだ成立していないとはいえ、各州も概ね準じています。
ただし、連邦規制はあくまで、”利用可能な最善の技術”や”死亡数の上限設置””悪影響の削減”など概要を記しているに過ぎず、詳細な技術指針は各州の規制に委ねられます。

ニューヨーク州は、冷却水使用量がカリフォルニア、イリノイに次ぎ全米3位であり、日に160億ガロン(=605.6億リットル、年計は6兆ガロン=22.7兆リットル)が取水されています。
これにより、稚魚や卵などを含め、年に170億匹の魚介類が死滅しています。
そこで、環境保護庁が対策を講じるべく、詳細技術指針の設定を行っており、今回その最終案が取りまとめられたのです。

最終案では、循環冷却システムか同等のシステムを「利用可能な最善の技術」と定める、としています。
より詳細には、施設の立地や用途によって以下4項目に分類しています。

1. 海・海岸地域、ハドソン川流域に位置する新規産業施設の達成目標; ドライ循環冷却

2. 1以外の水域に建設される新規産業施設の最低限の達成目標; ウエット循環冷却

3. 温排水を行う冷却取水システムを運営する既存産業施設の達成目標; ウエット循環冷却か同等システム

4. 温排水を行う冷却取水システムを運営するすべての再稼動産業施設の達成目標; ウエット循環冷却

同案では、「同等システム」の定義を現状より90%以上環境被害を削減するレベルとし、既存施設の中には循環冷却に適合しないものもあるため、臨機応変に対応すると補足しています。

ここまでは、原発による海洋生態系への影響とそれに対する規制の話ですが、これに今話題のインディアンポイント原発が絡んできます。

インディアンポイント原発は、日に25億ガロン(94.6億リットル)をハドソン川から取水しています。
ニューヨーク州の冷却水取水総量の1/6に相当しますから、かなりの量です。
同原発の2、3号機は2013、15年にライセンスが切れますが、米・原子力規制委員会(NRC)からライセンス更新許可を得るためには、まずハドソン川の取水許可を得ていなければなりません。
以前お伝えしたとおり(こちら)、運営会社であるエンタージー社は2009年に取水許可の更新申請をしましたが、2010年4月に環境保護庁より棄却されています(DEC)。
同庁は棄却の理由として、次の点を挙げています。

・同原発周辺の水域は一次・二次接触型レクリエーション用途に区分されているが(一次接触は水泳など人間の肌が直接水に触れるタイプのレクリエーション、二次接触は釣りなど非接触型レクリエーションを指す)、同原発の過去の取水状況を鑑みると、用途に適しているとはいえない。

・使用済燃料プールなどからトリチウム、ソトロンチウム90、セシウム、ニッケルを含む放射性物質が漏れ、ハドソン川への流出は現在でも続いている。

・温排水状況を評価するにあたり特に夏期の温度データが必要だが、9-12月の3か月分しか提出されておらず、基準を満たしていないと判断される。

・環境への影響最小化技術には循環冷却システム(冷却塔など)の建設が望ましく、同社が代替案として提案したウェッジワイヤースクリーンシステムは環境への影響を削減(72.82~73.5%減)はするが最小化(90%減)はしない。

この中で、循環冷却システムかウェッジワイヤースクリーンかという点が議論の対象となっていました。
エンタージー社は、冷却塔の建設費用は15-20億ドル、施工年数は約19年かかるので実現不可能、一方、ウェッジワイヤースクリーンは費用1億ドル、3年で完成するので現実的と主張しています。
また、冷却塔の問題点として、ハドソン川の水は塩分を含むため、冷却塔から塩分を含む水蒸気が排出されることになり周辺地域の環境汚染に繋がるといった反論もしています。

しかし、今回発表された技術指針では「循環冷却システム」「90%以上」という言葉が明記されたため、強制力がより強まったことになります。
指針には例外規定がありますが、これまでの経緯を見る限り、インディアンポイントに適用されることはなさそうです。

環境保護庁の規制はあくまで水生生物保護を目的としたものですが、実質的には、インディアンポイントのライセンス更新を許可しないという州政府の意図が大きく影響しているようです。

もちろん水生生物保護はとても大事なことですが、同原発80km圏内に住む1,720万人が犠牲になる可能性を鑑みれば、技術の差異を議論している場合ではないという政府の意図も理解できます。
また、冷却塔でも温排水でも多少なりとも有害物質を含まざるを得ない点は変わらないでしょうし、核廃棄物の問題は依然解決されませんから、原発か否かという議論になるのも当然のように感じます。

ちなみに、ニューヨーク州内ではインディアンポイント以外にも3サイト5基の原発が稼動していますが、ライセンスが切れるのは2029、34、46年とまだ先であり、ニューヨーク市からはかなり離れていることもあり、話題にはなっていません。
あくまで、ニューヨークではインディアンポイントの危険性が論じられているのであり、脱原発が議論されているわけではありません。

インディアンポイント閉鎖後の代替エネルギー確保は依然大きな問題ですが、閉鎖支持派のクォモ・ニューヨーク州知事が現実的な良案を出してくるのではないかと思います。
今後もインディアンポイントの動向には注目したいと思います。

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