事の発端は、創業者のブレイク・ミコスキー氏がキリスト教団体の”フォーカス・オン・ザ・ファミリー”で講演を行ったこと。
同団体は、同性愛や堕胎、離婚、フェミニズムなどに反対していることで知られており、そうした団体で講演を行うのは彼らの信念に賛同しているからだとして、ミコスキー氏とトムズに対する批判が起こったのです。
問題の引き金となったのは、同氏のブログに書き込まれたコメントです。
6月7日、ミコスキー氏がトムズのサングラス事業参入に関する記事を投稿したところ、多くの賞賛コメントに混じって、12日、同氏とフォーカス・オン・ザ・ファミリーとの関係を疑問視するコメントが書き込まれました(Start Something that matters)。
ミコスキー氏は賞賛コメントには返信したものの、そのコメントに対しては静観。
その後、フォーカス~の件に関する返信を促すコメントがいくつか書き込まれたものの、同氏が依然反応しなかったため、同団体との関係を黙認しているのではという議論に発展。
7月8日頃から同性愛支持者を中心に批判コメントが殺到し、他ブログでもトムズ批判や不買運動の呼びかけが行われるようになりました。
翌9日に、ミコスキー氏はブログ上で謝罪を表明。
同団体との関係性はないこと、同団体の信念の全容を知っていたら講演依頼を受けなかったこと、自身は人権・市民権の平等を信念としている旨を記載しました。
ところが、同性愛者の人権に対して明言していないと、さらなる批判が起こってしまいました。
そのうえ、この動向を好機と見たのか、フォーカス・オン・ザ・ファミリー側も7月10日にプレスリリースを出し、”ミコスキー氏は「全容」を知っていたら受けなかったというが、どの信念のことかは明言していない””講演の内容をラジオで放送する予定だが、契約ではトムズ側に放送を拒否できる権利があるが未だその要請はない”など、ミコスキー氏のアンチ・ゲイを暗示するかのような文面を発表しました。
こうした動向を受け、15日、ミコスキー氏はフットウェア・ニュース紙のインタビューに答え、問題発生からこれまでの経緯や同氏の心情などを吐露しました(FootwearNews)。
同日、ブログでも「トムズ・コミュニティへ」と題して”創業以来、人々をひとつに繋げ世界をよりよい場所にしようと努めてきた。個々の違いよりも良心という類似性によって人々を結びつけようとしてきたが、今回の件でトムズ・コミュニティは分断されてしまった。しかし、皆が同じ目標に向かっていたことを見失わないで欲しい。講演を受ける理由は、トムズのストーリーやミッションを共有したいからであり、依頼する団体のすべての側面を支持しているわけではない”などと記載しました。
これにより、徐々に騒動は収まってきたようですが、今後、同性愛支持派がトムズに対してどのような態度を取るかは見守る必要がありそうです。
ミコスキー氏は、SNSのマイスペースでクリスチャンであることを公表していますし、ここまで明言を避けるということは、恐らく同性愛に賛同はしていないのだろうと思われます。
思想や宗教、言論の自由が認められているアメリカでは、政治家はもちろんのこと、企業のCEOにもキリスト教を信仰する人はたくさんいますから、公然と批判することは少ないにせよ、同性愛に反対する企業代表は多いはずです。
これまでにも、ディスカウントストアのターゲットやウォルマートCEOが、アンチ・ゲイ団体への寄付やゲイカップルの養子を禁止する嘆願書にサインしたことなどを理由に批判や不買運動が起こり、謝罪に追い込まれたことがありました。
しかし、今回のケースは単にキリスト教団体での講演に応じただけで、ミコスキー氏は講演で同性愛について意見を述べたわけではありません。
一般的な企業であればここまで問題は大きくならなかったのかもしれませんが、トムズは社会貢献を社是とする企業。
ゆえに、人権問題や社会問題に関心を抱く人々から大きな支持を得てきましたし、同社の顔であるミコスキー氏は顧客やメディアから崇められてきました。
そうした人物が差別的思想を持つことは、たとえ思想の自由が認められるアメリカであっても、許されなかったのでしょう。
これまでもミコスキー氏が同性愛に関して意見を述べたことはなかったのでしょうが、ブランドの雰囲気から同性愛支持派と見られても何ら不思議はなかったので、同氏を批判している人はなんとなく裏切られた思いを感じたのかもしれません。
特に、ニューヨークやカリフォルニアなどおしゃれに関心が高い都市部では同性愛者が多く、トムズ支持者にも同性愛者の人権問題に意識の高い人が多かったものと思われます。
さらに、6月末にはニューヨーク州で同性婚が合法化され、アンチ・ゲイ運動に対して厳しい目が向けられている中での出来事だったことも、騒動が大きくなった要因と考えられます。
ニューヨークでの動向を受け、同性婚合法化の動きが広がることが予想されますので、米企業は今後この問題に注意して取り組まなくてはならないでしょう。
また、この一件は同社のソーシャルネットワーク対策の問題でもあります。
ミコスキー氏は、フットウェア・ニュースのインタビューで、”人から非難されたのは人生で初めてだった”こと、そして”今回の件で同社はさまざまなミスを犯した。トムズは若い企業であり若い人が多く働いているので、ミスを犯したことは仕方ないが、良いレッスンになった”と語っています。
若い人々が働く若い企業ゆえ、同社はこれまでSNを上手く利用してファンとの結びつきを深めていましたが、最初のコメントが投稿された時点できちんと対応していればここまでの騒ぎにはならなかったでしょうから、同社のSN対策の甘さは否定できません。
同性愛問題に対する関心の高さとブログコメントへの返信の重要さを見誤ったということでしょう。
日本では、人権・市民権問題をビジネスと関連付けて考えることは難しいかもしれません。
しかし、海外進出を検討している企業はこうした問題に対処せざるを得ないでしょうし、国内でも今後欧米の動向に影響を受けてさまざまな立場の人が権利を求めて立ち上がるようになるかもしれません。
CSR(企業の社会的責任)の観点からも、人権・市民権問題は重要な要素です。
現在CSR対策を行っている日本企業は、海外生産時の人権問題だけに取り組んでいるところが多いのではないかと思いますが、国内でも思想や人種の違いで正当な権利を得られずに苦しんでいる人はたくさんいるはずです。
そうした人たちと対話する機会を持ち、企業としてサポートしていくことで、真に社会的責任(CSR)を全うすることになるのではないでしょうか。
物事の正否は個人の価値観に依存するので、個々の問題に対して企業の考えを表明するのは難しいですが、少なくとも企業代表たる個人はさまざまな社会問題に対して意見を持ち、何か起こった時の対応を検討しておくべきだと思います。
社会派企業の代表格であるトムズでこのような騒動が起こったのは、非常に興味深いことでした。
一般の企業でも、CSR視点でこの出来事から学ぶべき点は多いのではないかと思います。
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