2013/06/12

コカコーラ社の肥満防止キャンペーンから考察する、持続可能社会における企業のあり方

今年の初めから、コカコーラ社が、肥満防止キャンペーン「カミング・トゥギャザー」を展開しています。
缶コーラ一本分のカロリーを消費するにはたったこれだけの運動で済みます、カロリーが気になる人は同社の"ダイエット"製品や水など低・ノーカロリー製品、ミニサイズの製品を飲みましょう、といった広告です。

さらに5月には、このキャンペーンを世界展開し、12歳以下の子供向け広告を全世界で禁止することを発表。
同時期には、傘下のコカコーラ財団が、本社のあるジョージア州の複数の非営利団体に対し、州民の運動を促す活動のためにと38億ドルを寄付しています。(Coca Cola)

ここまで読んで、だから何?と思った方もいらっしゃるかもしれません。

コカコーラが肥満防止キャンペーンを行うというのは、タバコメーカーが禁煙キャンペーンを展開するようなもので、アメリカ人にとって非常に違和感を感じることなのです。

日本に在住の方にお伝えすると、多くの場合、信じて頂けないか、軽く流されるのですが、
アメリカでは肥満の主要因であるファトフードやジュースは"社会悪"と見られています。
非営利団体は糖分飲料メーカーの代表格である同社を徹底的に叩き、地域差はあるものの、ニューヨークやカリフォルニアなどの大都市では、ファストフードや糖分入り炭酸飲料を毛嫌いし、一切口にしない人が大勢います。
高学歴・高所得層になると、特にその傾向が強くなります。
そのため、ニューヨーク市内でファストフード店に行くと、明らかに一般のレストランと客層が違います。
イメージを大切にする芸能人がファストフードや炭酸飲料のCMに出演することは、滅多にありません。

このように、元々社会悪だと思っていたところに、それを逆手にとったようなキャンペーンを展開したため、同社への批判が殺到しました。

こうした批判への対策としてか、同社CSO(チーフ・サステイナブル・オフィサー)のビー・ペレス氏が、ガーディアン誌のインタビューを受け、同キャンペーンに関する"秘話"を語っています(Guardian)。

記事によると、ペレス氏の夫は、肥満防止のために活動する厚生省傘下の疾病対策防止センターの重役。
ある日夫が、慢性疾患を研究する科学者の女性を連れてきて、彼女の話を聞くように言った。
その女性は、週に150分の運動で肥満は防止できること、そして、ペレス氏を諸悪の根源ではなく、変化を起こす可能性になり得る人だと考えていると言った。
ペレス氏は開眼し、社内で肥満防止キャンペーンの展開を提案。
役員はさらなる批判が起こるリスクを懸念したが、CEOはこう決断。
「もし我々が(このキャンペーンで)間違いを犯しても人々は許してくれるだろう。だが、何もしなければ許してはくれないだろう。やるしかない。」

ペレス氏は、こう加えています。
「私たちだけの力でこの問題を解決することはできないし、たったひとつのキャンペーンで解決することなど不可能だ。だが、このキャンペーンは他の企業に立ち上がる力を与え、人々が行動を起こす勇気を与えることになると思う。」

これは、パタゴニア的思想だと思います。
ペレス氏はCSOですから、当然ベストプラクティスであるパタゴニアも研究しているのでしょう。

真に問題解決を試みるなら、事業をつぶした方がいい。
だが、自社がやらなくなったら他社がやるだけのこと。
ならば、事業を続けるという前提の下で問題解決に最も近い手法を実践し、他社の見本となる。

正しい論法だと思います。

恐らく同社にとって、これは本音でもあり、もちろんマーケティングの一環でもあるのでしょう。
トップ自ら本気のパタゴニアと異なり、同社のCEOが売上より肥満問題解決を重視しているとは思えません。
うまい手だなとは思いますが、少なくとも、同社が子供向け広告をやめたことは、意義ある潔い行為だと思います。

本当に肥満をなくしたいのなら、糖分入り飲料の生産販売をやめればよいだけです。
糖分たっぷりの飲料を飲ませて運動させるより、元を断った方が早いのは自明の理です。
ですが、現代の多くの企業が同じ矛盾を抱えているように、そう簡単には行きません。
同社は世界中に膨大な数の従業員を抱えていますし、肥満になろうが糖尿病になろうが、同社の糖分入り飲料を飲みたい人も世界中にいるのです。

肥満を防止するために、今年中にコカコーラの生産を一切禁止しますといったら、どうなるのでしょう。
大勢の人が解雇され、コーラ好きの人が反乱を起こすかもしれません。
一方、競合のペプシ社は大喜びして、どんどん売りまくるでしょう。

「雇用を守る」という名目で、環境や社会によくない事業を続けることが正しいとは到底思えませんが、今すぐに生産をやめるというのはあまりに無謀で現実味がありません。

では、このまま同社が、この矛盾したマーケティングを続けてよいのでしょうか。
ペレス氏が主張するように、何もしないよりは、その方がマシでしょう。
しかし、ダイエット製品が体や環境によいとはとても思えませんし、ペットボトル水は大きな問題を抱えています(水道水 vs ペットボトル水)から、代替製品の需要が増えることでまた別の問題が発生するでしょう。
同社が作り出している問題は肥満だけではありませんから、結局、イタチゴッコになるだけだと思います。

本当に社会や環境(=次世代)のことを考えるなら、糖分入り飲料やダイエット製品やペットボトル水が抱える問題を正直に伝え、時間をかけてゆっくりフェードアウトし、環境・社会負荷が限りなく低い製品に移行していくべきでしょう。

しかし、同社はそこまではしないでしょう。

パタゴニアとの決定的な違いはそこだと思います。
どんなにペレス氏が真剣に考えようが、美しい物語や言葉で飾り立てようが、同社から金を貪ろうとする株主と、自分の地位と名声を守ろうとする経営陣がいる限り、真の変化は起こせないのだと思います。

雇用はどうするんだ、という意見もありますが、経営陣が自ら得ている巨額の収入を従業員と分かち合うことで、相当数の社員を解雇せずに済むでしょう。

企業が何もせず(あるいは"何もしないよりはマシ"なことを行い)、問題を先送りすればするほど、社会・環境問題は深刻になっていくでしょう。
そして、いずれ肥満対策への保険負担による財政破綻、資源価格高騰、自然災害の多発など、避けようのない事態に陥り、一気に大勢の人が路頭に迷う結果になるでしょう。
これでは、長期的に見て「雇用を守って」いることにはなりません。

飲む消費者が悪い、という意見もありますが、それはそのとおりでしょう。
自分の意思で飲んで肥満になり、同社を訴訟することは、理に適っているとは言いがたいです。
ですが、企業は自社の責任としてできることを考えるべきであり、消費者に責任転嫁すべきではないと思います。

自社が「社会悪」だと認めるのは辛いことです。
ですが、そこに目を瞑ってしまえば、発展性(金銭的でない)はありません。
ペレス氏のように、自社が変化の起爆剤となり得ることに気づけば、企業は正しい方向に進めるのではないでしょうか。

夢を語っているに過ぎないのでしょうか。
パタゴニアは、その夢を形にしています。

企業は人の集合体です。
人の意思次第で、どうとでも変化できるはずです。
それでも人は、金や地位や名声といった表層的なもののために、人生を費やしてしまうのでしょうか。
私は「性善説」を信じたいと思います。


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