ひとつは、ファッション業界紙WWDに掲載された、イードゥンの創始者であるU2のBONOとアリ・ヒューソン夫妻のインタビュー記事。
イードゥンは、アフリカに雇用を生み出すことを目的として設立されたサステナブルブランドです。
ルイ・ヴィトンなどを傘下に持つファッションコングロマリットLVMHに買収されて以来、デザインが洗練され、規模が拡大し、ハイエンドブランドの仲間入りを果たしました(詳細はこちら)。
同紙のインタビューで、”ファッションは表面的だと言う人がいるが、アフリカ支援という高い志を持って活動するあなたはどう思うか”と問われたヒューソンさんの発言が印象的でした。
”ファッション業界は表面的と捉えられることが多いですが、実際には大きな雇用を生み出す業界でもあります。どの途上国でも、アパレルが最初の産業なのです。だからアパレル産業は非常に重要なのです。そしてこの業界を正しく運営することが重要なのです。”(WWD)
ヒューソンさんの言葉から、繊維産業は工業化の入口に位置する産業であり、途上国の発展において重要な存在であることを再認識しました。
これまで、イードゥンのビジネスモデルを単なる途上国支援の一つと見ていたのですが、国あるいは大陸全体が発展を遂げるための礎を築くという点で重要な事業でもあると考えを改めました。
大雑把な言い方かもしれませんが、現在先進国と看做されている国のほとんどが、繊維産業から工業化が起こり、経済発展を遂げました。
アパレル生産は、イギリス、アメリカ、日本、中国へと遷移し、現在は東南アジアが中心といえるでしょうか(東欧や南米などもありますし、先進国内での生産にシフトする動きもありますが。中国は現在でも世界のアパレル生産の中心ではありますが、既に繊維産業の流出が始まり、他産業に移行しつつあります)。
どの国も、繊維産業がなければ現在のような繁栄はなかったかもしれません。
一方、ヒューソンさんが支援するアフリカでは、まだ繊維産業がまだ興ってもいません。
それどころか、アフリカの世界貿易シェアは1940年代から下降の一途を辿り、現在は2-3%程度(2006年:ECIPE)です。
もちろん、アフリカ諸国の国としての問題もあるのでしょうが、先進国のサポートも必要です。
グローバリゼーションが格差を生む要因となっていることを指摘する声もありますが、だからこそヒューソンさんの言う”正しく運営すること”、つまり公正な賃金や労働条件の下での取引(=フェアトレード:詳細はこちら)が必要なのだと思います。
労働搾取が行われれば、人々は安い賃金で酷使され、貧困から抜け出すことができません。
正しいやり方で事業が行われれば、アフリカが東南アジアのその後を担うことができるかもしれません。
イードゥンだけの力では難しいかもしれませんが、ファッション業界全体が意思を思って正しい事業を行えば、貧困国の発展に寄与する重要な産業となり得るのかもしれません。
とはいえ、イードゥンもアフリカ支援に徹しているわけではなく、売上重視のビジネスに屈している面もあります。
かつてはアフリカをはじめとする貧困国での生産に絞っていましたが、LVMHに買収されて以来、Tシャツやスカーフなど縫製が簡単なもの以外はほぼすべて中国で生産するようになりました。
しかし、ボノ夫妻が同社の過半数株を保持していることもあり、今でもブランドの存在意義としてアフリカ支援を掲げていますし、Tシャツなどはアフリカでの調達生産を貫いています。
ブランドの認知度が上がり売上が増えることで、比率はわずかでもアフリカ生産の増加に繋がることもあるので、一概に中国生産への移行が悪いというわけではありませんが、“良い行い”をビジネスとして成立させることの難しさ、そして両者のバランスの重要性を考えさせられます。
同様の矛盾は、社会派シューズブランドのトムズにも当てはまるかと思います。
トムズは、ワン・フォー・ワン(ひとつ買うとひとつ寄付される)のビジネスモデルを築いたブランドです(詳細はこちら)。
このコンセプトはアメリカの消費者から大きな支持を得ており、ブランドロイヤルティも高いため、真似する企業も出ているほどです(スケッチャーズのBOBS、Warby Parker)。
問題は、トムズの靴はエスパドリーユなので、スニーカーなどに比べると耐久性が弱く、ひと夏で履けなくなってしまうこと。
水汲みなどで長時間歩かなくてはならない途上国の子供たちがこの靴を履いてどの程度持つのか、想像に難くありません。
真の支援を考えるなら、より強度のある靴を寄付すべきでしょうが、そうすると安く生産できなくなるためビジネスモデル自体に問題が生じるかもしれません。
ここがビジネスと”良い行い”の間のジレンマでもあると思います。
もちろん、やらないよりはやる方が良いですし、今年同社が始めたメガネ・サングラス事業(詳しくはこちら)は、必要に応じてメガネではなく診療費を寄付することができるので、より社会貢献度の高い優良なビジネスモデルだと思います。
イードゥンもトムズも、矛盾はあるものの、存在自体が社会貢献になるという点で有意義なサステナブルビジネスだと思います。
そして、もうひとつ、パタゴニアがイーベイと提携し、同社製品の古着の販売を始めたことも、色々と考えさせられました(Common threads initiative)。
広く知られているように、パタゴニアはサステナブルビジネスの第一人者であり、使用するコットンはすべてオーガニック、そして生産工程のすべてにおいて環境負荷を考える企業です。
にも関わらず、2010年度の売上は4億ドル、年25%の成長を遂げています(WSJ)。
現状では、真剣にサステナビリティに取り組み成功している世界で唯一の大手アパレル企業だと、私は思っています。
そのパタゴニアが、ネットオークション最大手のイーベイと組み、同社製の古着をイーベイ上で販売し始めました。
パタゴニアのウエブサイトからも販売している古着商品が見られる仕組みで、顧客は購入前に同社の取り組みに同意する旨の宣誓をさせられます。
多くのアパレルにとって、イーベイは偽物や盗難品販売に寄与するのであまり好ましくない存在と見られており、訴訟に発展するケースも多々あります。
また、古着が安価で流通すれば、新品を買う人が減り、業績に影響を及ぼす可能性がありますから、売上重視で考えればアパレル企業による古着の販売斡旋は望ましいものではないはずです。
ところが、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナード氏はそんなことは意に介さず、必要でないものを買わないようにと主張します。
「このプログラムでは、まず顧客に必要でないものを買わないようにと訴えている。もし必要なら、長持ちするものを買って欲しい。破れたら直し、着なくなったものは再利用するか他の人に売り、そして最終的に本当に着られなくなったものだけをリサイクルして欲しい。パタゴニアは、消費を減らし、商品の埋め立て廃棄や焼却処分を減らす努力をすることを誓うよう顧客に訴えた、唯一の企業だ。」(パタゴニアPR)
また、同社環境イニシアティブ部門副社長のリック・リッジウェイ氏は、次のように言っています。
「消費削減は必要なことだ。なぜビジネスを行う人々がこの結論に至らないのか理解できない。」(SmartPlanet)
「我々が行っていることは一般的なビジネスへの挑戦だ。経済が成長し続けるという基本前提は、長い目で見れば欠陥がある。」「パタゴニアは金持ちになろうとは考えていない人が所有する非公開企業だ」「5年、10年、20年後に地球の資源が危機的状況に陥った時どこに向かうべきかを、すべてのアパレル企業が考えるべきだ」
(FastCompany)
一方、イーベイのCEOジョン・ドナホー氏は、WSJのインタビューで「古着を買った人がパタゴニアの良さを実感し新品を買うことに繋がるので、この提携はパタゴニアにもメリットがある」と言っています(WSJ)。
ドナホー氏の意見は確かにそうでしょうが、パタゴニアはこの提携成立により金銭は受け取っていないとしていますし、リッジウェイ氏が次のように述べているように、自社利益を考えてこのプログラムを行っているのではないと思われます。
「このプログラムで儲かるかどうかは問題ではない。たとえこれによってパタゴニアの売上が上がっても、環境団体への寄付が増えるだけのことだ。」(FastCompany *パタゴニアは売上の1%を草の根的環境団体に寄付し、他社も実践できるよう売上の1%寄付をプログラム化しています。)
こうした行為は4億ドルの売上があり25%の成長率があるからとか非公開だからできることだ、という意見もあります。
しかし、シュイナード氏の著書にもあるように、たとえ売上や成長率が下がっても、同社がこうした環境への取り組みをやめることはないと思われます。
非公開だからと非難する人は、自社を非公開にすべきでしょう。思う存分、サステナブルな事業が実現できるはずです。
本当にサステナビリティを目指すなら事業を辞めるべきだという意見もありますが、同書で述べられているように、パタゴニアは他企業への見本となるために事業を行っているので、たとえ環境負荷をゼロにすることができなくても存在意義はあるといえるでしょう。
パタゴニアの行いから、同社が常に人より一歩先を見ていることがわかります。
そして、真にサステナビリティを考え実行する企業は、ブレないということを証明してくれています。
昨今、投資家や消費者向けにサステナビリティを謳う企業が多く見受けられますが、形式的であることが多く、実態を知ると残念に思います。
サステナビリティを戦略や理念として掲げる企業は、パタゴニアから学ぶことは多いと思います。
そして、もう一点。
トレンドは終わったと言われるようになったこと。
アメリカで有名なトレンド予測家であるデービッド・ウルフ氏は、昨年の全米小売業大会で「トレンドなどもうない。すべてのものがおしゃれになった」と言っています。
もちろん、現在でも毎シーズン、色やスタイルや素材などのトレンドをメディアが書き立てていますが、いずれも前年あるいは数年前から引き続き流行っているものであり、実際に大きな流行になったケースもあまりありません。
各人が独自のスタイルを持つようになり、トレンドに追随して人と同じ服を着ることがかっこいいことではなくなったのではないかと思います。
以前、マルニが自社サイトで前年~8年前の在庫品をビンテージとして定価に近い価格で販売したことがありましたが、何年もトレンドに変化がないことの証明になっていると思います(詳しくはこちら)。
トレンドが終わった要因はいくつかあるかと思いますが、ひとつはデザインが出尽くしたことだと思います。
以前、アレキサンダー・ワン氏にインタビューした際、「手足・頭・胴体という人間の体の構造は変わることがなく、服としての機能が求められる以上、服作りにおいて革命的な発明などありえない。新しさを出すには、ディテールや素材を工夫すること、そしてそれをどう着こなすかしかない」と言っていました。
また、10年ほど前ですが、バレンシアガのニコラス・ガスキエ氏がビンテージの鎧に極似したベストを作ったことで、ハイエンドデザイナーがデザインをコピーしたと話題になったこともあります。
多くのハイエンドブランドがビンテージアイテムを参考にしているのは周知の事実ですが、ファッションが生まれてから何十年もの間に様々なスタイルが出尽くし、アレキサンダー・ワン氏が言うように、どんなに才能のあるデザイナーでも新たな形の服を生み出すことは不可能になったのでしょう。
新たなデザインが生み出されないので、ファッションは過去のデザインを繰り返すだけの単調なものとなり、トレンドとして盛り上がる要素は薄れてしまったのではないかと思います。
もうひとつの要因として、ファストファッションが挙げられると思います。
ファストファッションの台頭により、ハイエンドブランドがランウェイで見せた新作が簡単にコピーされて非常に安い価格でシーズン前に出回るようになりました。
そのため、トレンドを生み出す存在であったハイエンドブランドのデザインに対する有難みが薄れてしまったのだと思います。
ライセンスビジネスで有名なピエール・カルダン氏は、次のように言っています。
「もうファッションなど存在しない。ファッションが多すぎるのだ。」「今年と来年の違いなど、もうない。ファッションは半年ごとに作るものではなく、10年単位で作られるものだ。」「しかし現実問題として、人は働かなければならず店では商品を販売しなければならない。」(Huffington Post)
一般に、60年代、70年代と10年ひとくぎりでファッションが語られることが多いので、カルダン氏の発言はその通りだと思います。
そして、皆トレンドがなくなったことに気付き、無駄であることを分かっていながら、シーズンごとに服を作り販売しているということも事実だと思います。
トレンドはファッションの無駄を生み出す主要因ですが、それがなくなれば自然に無駄が淘汰されることになるでしょう。
つまり、トレンドに合わせて服を作ってきた企業は、困難な状況に陥る可能性があるということです。
トレンドがなくなれば、人がファッション製品を購入するモチベーションは低下します。
パタゴニアが主張するように、ボロボロになるまで服を着倒し必要な服だけを買うのであれば、年に数着買い換えれば済むはずです。
それでは業界が成り立たないので企業はシーズンごとに新しいものが欲しくなるように仕掛けますが、トレンドという人の心を掻き立てる要素がなくなれば、購入を促すことは難しくなります。
消費削減がサステナビリティの第一命題とすれば矛盾することになるかもしれませんが、トレンドに代わる要素としてサステナビリティによって人の心を捉えるようにすれば、持続可能なビジネスが実現できるのではないでしょうか。
パタゴニアのリッジウェイ氏が言うように、ファッション業界は先々のことを考えなくてはならないでしょう。
永遠の経済成長などあり得ないことに、本当は皆気付いているはずです。
国内消費が鈍化したから海外へ進出しても、根本的な解決にはなりません。
その先のことを考えるべきです。
世界人口が70億を超え、一方で地球の資源は限られているのですから、今後水や食糧やエネルギーが不足することは明らかです。
既に食糧や資源価格の高騰が始まりつつあります。
ファッション業界は、余剰品を扱う業界です。
そして、同じ余剰品でも電化製品などとは異なり、新たな技術が開発されて利便性が大幅に向上するというようなことはあり得ません。
もしかすると、紙からイーブックへと本というものがまったく新しい形に変わったように、ファッションでも布を必要としない新たな形が登場するかもしれません。
しかし、それが起こるとすればITなど他業界からでしょう。
ファッション業界が今行うべきは、持続可能になり得るよう、準備しておくことだと思います。
パタゴニアのように生産者の責任として使用後のことまで面倒を見る仕組みを作り上げること、イードゥンやトムズのように社会格差がなくなるような仕組みを導入すること、最新技術を駆使した素材や生産技術の開発により環境負荷を削減することも可能だと思います。
生きるうえで必要な水や食糧やエネルギー価格が高騰すれば、余剰品であるファッション製品を購入する人は少なくなるでしょう。
しかし、そうなる前に、そしてその速度を抑えるために、ファッション業界がすべきことはたくさんあるはずです。
ファッションが急になくなることはあり得ませんから、他社より早くサステナブル化を実現し、将来に備えるべきだと思います。
ファッションがファッションである以上、100%サステナブルであることなどあり得ません。
矛盾を承知で、私たちが生きている間にすべきことをする、それが次世代の人々への責任なのではないかと思います。
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